高橋憲一の旅ブログ

旅の記憶

信州① 木曽路

旅行が好きと言いつつも、まだ一度も足を踏み入れたことのない県が二県あります。青森と秋田です。青森といえば僕が若い頃夢中だった太宰治の生地ですから、関心は大いにあるのですが、やはり立地が災いして、まだその機会に恵まれないでいます。

一方で、何度か訪れているのに、あまり行ったという実感の湧かない県もあります。それが僕の場合、信州長野県でした。

10年ほど前に馬籠宿~妻籠宿という中山道木曽路を旅しました。妻籠は長野県です。黒部~立山アルペンルートを辿ったときも、長野県大町市の扇沢まで行っています。泊ったのも白馬のホテルでした。なのに長野県に行ったという実感がない…。

考えてみると、木曽路を辿ったときは元々岐阜県を巡っていて、馬籠(岐阜県)の北、峠を挟んで妻籠(長野)があるという感じでしたから、あまり長野県に入ったという実感が湧かなかったのかもしれません。黒部の時も同様です。富山県側から入り、これまた長野県に入ったという実感をもてないまま帰路についてしまったように思います。

長野県は日本でも岩手、福島に次いで三番目に面積の広い、それも南北に長い県です。しかも八つの県に隣接するという日本のへそのような県ですから、県境をちょっと越えたくらいでは旅をした実感が湧かなかいのも当然かもしれません。信州は安曇野や、蓼科、千曲川、天竜川といった、旅情をそそる地名にあふれています。ならば、信州縦断の旅に出かけるに如くはない。早春、まだ雪の信州を訪ねました。

今回は妻籠宿のすぐ近くまで行ったのですが、木曽路を辿らなかったので、いささか古い「旅の記憶」を頼って、まずは木曽路から。

「木曽路はすべて山の中である。あるところは岨(そば)づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。(略)馬籠は木曾十一宿の一つで、この長い谿谷の尽きたところにある。西よりする木曾路の最初の入り口にあたる。(島崎藤村「夜明け前」)

  • 馬籠宿
    [馬籠宿]
  • 藤村の生家
    [藤村の生家]
  • 水車塚
    [水車塚]

中山道は江戸の日本橋から京都の三条大橋まで、内陸の木曽路を経て結ぶ街道です。馬籠宿は江戸からその6割くらい進んだところ、平成の県境変更によって現在は岐阜県ですが、美濃路と木曽路の境にあたります。

その日、馬籠宿は多くの観光客であふれていました。宿場らしいそのたたずまいは、会津西街道の「大内宿」にも似て(町並みこそ全く異なるものの)、ちょっと「でき過ぎ」の感がないでもありません。

藤村の生家でもある旧本陣跡に建つ藤村記念館を覘いた後は、馬籠峠を越え妻籠宿に向かいました。途中、男滝・女滝を通ります。宮本武蔵「風の巻」で、「女男の滝(めおとのたき)」という立札の文字を読んで、お通がほほ笑む滝です。ここで恋い慕っていた武蔵に抱きすくめられるのですが、お通はその腕を逃げ出してしまい、煩悩に苦しむ武蔵は滝に飛び込み…と、なんとも今風ではない展開が続きます。そこは吉川英治ですから、なかなか艶っぽい場面にはなりません…。中山道から話までそれてしまいました。

坂道を下り蘭川(あららぎがわ)に沿って進むと、右手に大きな藁木馬の置かれた古民芸の店が現れます。更に進むと寺下の町並み。妻籠宿、1976年日本で最初に重要伝統的建造物群保存地区に指定された宿場町です。妻籠の人たちは家や土地を「売らない」「貸さない」「壊さない」という三原則を作って、実際に生活しながらこの江戸時代の町並みを守ってきたそうです。本当に素晴らしい。この町並みにはほとんど無条件に感動します。江戸時代にタイムスリップした気分。作り物めいたものを感じさせない自然なたたずまいがそこにはあります。観光客も馬籠ほど多くはありません。江戸時代の風が頬をかすめていきました。

  • 馬籠峠
    [馬籠峠]
  • 中山道
    [中山道]
  • 男滝・女滝の説明板
    [男滝・女滝の説明板]
  • 女滝
    [女滝]
  • 妻籠宿入口
    [妻籠宿入口]
  • 妻籠宿(1)
    [妻籠宿(1)]
  • 妻籠宿入口の古民芸店
    [妻籠宿入口の古民芸店]
  • 妻籠宿(2)
    [妻籠宿(2)]

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